
この回は泣きません。それよりは考える時間。
障害の有無に拘わらず、社会の中の自分というのは本当に存在意義としてあるのか?ふと、考えることがある。
人の役に立ちたい、人の世話をしたい。と、思う気持ちで打ち込んでいても、それが逆に迷惑だったり無用のお世話だったりするから人は難しい。しかし、何もしないよりはいい。今は何もしない人の方が多いし、自分にも言い聞かせて前向きに行かなくてはと言う気持ちにさせる。
この回では「友達と一緒にいられなくなったら私じゃなくなる」という意味合いの台詞がある。
所詮他人。でも、趣味や話題を共有し、価値観が同調し合えば友達としてなりえる。でも、それが距離を置くだけで自分じゃなくなるのかな?距離を置いたところで、すぐ会うことができなくなっても、繋がっていられないなら友達じゃないんじゃないかな?そう少し疑問に思った台詞である。
でも、距離というのも決して作用しないわけではないから難しいわけだが、そういうことを考えると人間ってややっこしい生き物だよね。
「考える」→「判断する」→「行動する」と、いう図式が頭の中にできあがってしまう大人の脳を持つことが、ある意味人間の宿命であり、ひとつの拷問のような気がしてならない。
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